海族便り 徳島市ケンチョピア

写真 (1)風速12mの南風を背にギュインギュインに走り和歌山から四国徳島港に一気に滑り込む。
港の入口で帆を下げエンジンだけで40分ほど川を上りハーバーへ向かう。
が、
エンジンがくすぶり黒っぽい煙をぷはっと吐いてスコトントンと止まった。
そう止まった。
再びかけるけど、回転数が上がらずまた止まる。
かける、止まる、かける、止まる。
同乗しているうちの奥さんも眉間にシワを寄せて微笑む。
ああ、エンジントラブルのスパイラルにまたハマるのだろうか。
エンジン載せ換えとオーバーホール計2週間50万円の去年の記憶がネットリまとわりつく。

どうにかだましだまし7km先のケンチョピアマリーナのビジター桟橋にヨットをぶつけるようにつけた。

事前に連絡していた地元徳島ヨットクラブの前会長の加村さんが迎えてくれアマナ号をつなぐのを手伝ってくれる。
挨拶もそこそこに、
「エンジンがダメです、近くにヤンマーのお店ありませんか?」とすがって聞いてみる。
どうにか今日中に直して明日出港しないと尾道の講演会に間に合わない。
「県で一番大きいヤンマーがあります。すぐいきましょう!」
助かった!
ヤンマーの事務所に転がり込むとかっぷくのいい工場長のクールなお言葉。
「ゴールデンウイーク明けで忙しくて来週にならないと無理ですね。」
「なんとかお願いできませんか?」
「申し訳ないですがちょっと難しいですね。」
よし、わかった。方針を変えよう。
「自分でやります、直し方教えてください!」
気の毒に思ったのか修理担当の人を呼んでくれ来てくれたのが勝浦さん。この人が素晴らしい人で、症状を説明すると言葉は少なく全然笑わないけど的確に直す箇所と順番を丁寧に教えてくれる。知識もめちゃくちゃ豊富だ。
説明がわからないときは正直に伝えると、工場にあるエンジンのところまで行きわかるまで教えてくれる。
「ありがとうございます。やってみます。」

さー、今までの経験総動員だ!
船に帰って工具箱を手にする。
まず燃料系のチェック。
燃料タンク、燃料フィルターを見てみるとやはりドロっと水が入っていた。
この船の欠点なのか、どうやら船首にある給油口から海水が入ってしまうみたいだ。
前回の故障の原因もこれだった。2週間50万円の記憶がまた点灯。
それでも、燃料系の詰まりの可能性もあるのでタンクから噴射ノズルまでの道筋のホースを外し、ボルトを外し、一箇所ずつ息を吹き詰まりがないかを確かめる。口の中に軽油の味が広がる。
できることはやってみた。
願いを込めエンジンをすべて磨く。
そして祈るようにかけてみる。
かかった!
一瞬喜んでみたもののギアを入れるとやはり回転数が上がらず悲しくエンジンが止まる。
「ダメか。」
直らなければ尾道行きが間に合わない。
こういう時はあきらめが肝心!
仕方がない講演会には陸路で向かうことを決めその日は工具をしまう。

次の日はわりかしスッキリと目覚め、またしてもヤンマーに駆け込み勝浦さんを探す。
症状を伝えると次の修理の段階をわかりやすく説明してくれる。
本当にいい人だ。
忘れないうちに、ヨットに戻り再び工具を握り締める。

エンジンが止まる原因で行きあたったのが噴射ノズルの不具合。
圧力をかけた燃料を霧状に噴射する場所だ。
自分で外したことがないから一瞬ためらったがひと呼吸して思いきって外す。
見るとノズルの先の針にサビがある。
これか、原因は!
早速、ヤンマーの修理工場へすっ飛んで行き勝浦さんにノズル部分を見せる。
「チェックしてみましょう!」
と噴射状態を測る機械にセットして圧力をかけるがノズルからは一ミリも噴射されない。
「完全に固まってますね。これじゃ動かない。」
どうやら、2気筒のうち1つのシリンダーは燃料が噴射せず爆発していなかったのだ。海水が入った可能性が高い。
予備で持っていたノズルを勝浦さんに渡し噴射チェックをしてもらう。
今度は大丈夫だ。微調整をしてくれ手渡してくれた。

早速ヨットに帰って注意を払って取り付ける。
よし、今度こそ!
そっとエンジンをかける!
ブルンと回る!回転数もなめらかに上がる!
ギアを入れても今度は止まらずストトントントン・・・と軽やかに力強く回り続けてくれる。
やった!
そらお仰ぎ見る!
エンジン復活だ!直ったのだ!何がうれしいって、自分の手で直せたことだ!
今までの壊れたら機械屋さんに直してもらう当たり前から、これからは自分で直せる自信へと変わった瞬間だ!
このエンジンの音をつまみに酒が飲める。

卒業試験のようでもあり何かひとつ向こうに超えたような気がした。

結局、尾道の講演も長崎諫早の葦船学校にもヨットで行くのは間に合わなくなってしまったけどそれはそれでいい。すべてが終わってから徳島に取りに来てのんびり帰ればいい。
きっとそこに何か意味があるのだろうから。

すがすがしい気持ちでいつまでもエンジンの音に耳を触れていた。

海族トーク@尾道 香味喫茶ハライソ珈琲

人類が作り出した最初の乗り物とされる葦船(あしぶね)で海を渡る。まるでタイムマ シンのように数千年前まで感覚が戻されていく海旅。そこにはむき出しの自然と戦い、そして抱き合うドラマがあった。

場所 香味喫茶ハライソ珈琲
日時 5月11日 18時開演
料金 1000円/ドリンク別

予約受付
モリ ダイスケ
受付終了です。

石川 仁
プロフィール
船長 石川仁 (イシカワ ジン)

1987~1989年 アメリカ、南インド、ヨーロッパ、東アフリカへ放浪の旅

1990~1991年 半年かけて、ラクダとともにサハラ砂漠2700キロを単独で歩く旅。

1992年 アラスカ最北の町ポイント・バローで 1ヶ月半、イヌイットの人たちと生活を共にしウミヤック(獣革舟)の造船に参加。

1993 4ヵ月半かけて、千葉から鹿児島を経由して屋久島まで自転車での旅。

1994年 米国サンディエゴから陸路で南米へ。 コロンビアのオリノコ川の支流800キロを2ヶ月かけて丸木舟で川下りの旅。

1995~1996年 クスコ(ペルー)に住み、1年半現地でガイド(チチカカ湖、マチュピチュ)をする。その間ガイド仲間とお祭り隊を結成。チチカカ湖を4ヶ月かけて葦船で一周。

1996~1997年 国連公式プロジェクト「エキスペ ディション・マタランギ」に参加。
ラパヌイ(イースター島)に8ヶ月滞在し「葦船マタランギⅠ」を製作。

1998~1999年 「葦船マタランギⅡ」を製作、乗船。アリカ(チリ)港より出港し、ポリネシアのマルケサス諸島に入港。88日間8000キロの 航海。

2000~2002年 「葦船マタランギⅢ」を製作、乗船。バルセロナ(スペイン)より出航。モロッ コを経由してカボ・ヴェルデ諸島に入港。2ヶ 月間3000キロを航海する。

2002年 「葦船マタランギⅢ」の航海から帰国後、日本での葦船作りのために「カムナ葦船プ ロジェクト」を設立する。日本各地で葦船作りのワークショップ始める。

2003年 世界水フォームに参加。「葦船淀川丸 (10m)」を製作しオープニングイベントで淀川を下る

2004年 太田川に葦舟を浮かべる会主催で、「葦舟みたま号(12m)」を製作。広島市太田川より宮島まで航海。

毎日放送主催で、「葦船あさひ丸(13m)」を製作。大阪湾を航海。

2005年 神戸パピルス研究所主催で「パピルス船 弦次郎丸(11m)」製作。神戸港にて模擬航海。

05年 カムナ葦船プロジェクト主催で、「葦船 カムナ号」を製作。高知県足摺岬より出航し、 東京都神津島まで日本初の葦船での外洋航海をする。13日間1000キロの航海。

2007年 伊豆大島にて香殿(為朝)神社立替えの棟梁。

2010年 COP10連動イベントとして、えびす町内 会主催で、12mの「葦船ひかり」を製作。 愛知県名古屋市熱田区七里の渡しで進水式を行い名古屋港より出航、桑名七里の渡し跡(三重県 桑名市)、 津ヨットハーバー(三重県津市)、豊北漁港NJMマリーナ(三重県伊勢市)を経由、神社港 (三重県伊勢市)に入港。 5日間111キロを航海する。

2013年 韓国順天国際庭園博覧会2013で海外初の葦船学校開催

2012年~2013年 葦船での太平洋横断に備え、航海術向上の為ヨットによる日本一周の航海。2013年9月千葉県到着

~2013年 現在までに、ワークショップなども含め、計138艇の葦船を製作。

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